Jay Electronica / Act II The Patents Of Nobility

Release Date / 5 OCT. 2020
Jay Electronicaは何とも不思議な経歴を持つラッパーだ。当然コアなヘッズなら彼の名前を耳にした事もあるのだろうが、幾分ブランクの長いアーティストでもあるので敢えて説明させてもらうとしよう。という訳で、ニューオーリンズ出身のラッパー = Jay Electronicaは20歳の頃からラップのスキルを磨くと同時に黒人系イスラム組織の〈ネーション・オブ・イスラム〉のメンバーとしても活動しており、あのマルコムXの思想からも多大な影響を受けているMCだ。そんな彼のデビュー前後のHIP HOPシーンと言えば、現在ほど市場が拡大していなかったものの商業主義へと大きく舵を切った頃と重なる。そう、当時のラップのリリックといえばもっぱら「カネ、女、ドラッグ」をテーマにした様な所謂”成り上がりソング”ばかり。こんな時代背景の中で元交際相手であるErykah Baduのバックアップを受けてデビュー作となる『ACT 1 : Eternal Sunshine』を2007年に発表したJay Electronica。このイスラムの思想も受けた彼の詩的なリリシストぶりはNasやQ-Tipといった同業者からも絶賛され、その名は一躍シーンに知れ渡る事となる。そして、この『ACT 1』をきっかけに飛躍の時を迎える訳だが、商業主義のHIP HOPから縁の無さそうな彼と新たなるディールを結んだのは、当時の黒人の”商業主義 = 成り上がり”の象徴とも言えるJAY-Zだった。個人的にはこの2人の組み合わせは意外に思えたのだが〈ロックネーション〉との契約後に発表した”Exhibit A”、”Exhibit C”では、その組み合わせが正解だったことを証明。この両曲はJust BlazeによるBoombapライクなトラックによる一因も大きかったが、商業主義一辺倒になりつつあったシーンに強烈なカウンターを浴びせる1撃となったのだ。この衝撃的なメジャーディールの直前の2009年にはErykah Baduとの間に第一子を授かり、まさに順調なキャリアを歩んで行くと思われたJayだが、順調だったのはここまで。なんと2010年に『ACT Ⅱ』の構想をアナウンスしてからリリースまでに10年もの歳月を費やす事になってしまう・・・。この間の彼のインタビューから察するに自分の作品の出来栄えに対する不満や自身を取り巻く環境の変化に対する不安など、様々な葛藤を抱えていたことが伺え、更には〈ロックネーション〉との契約も切れてしまうのだが、JAY-Zとのレコーディングはは秘密裏に進めていたのだろうか?
時は2020年3月。『ACT 1』のデビューからは13年も経過していたが『A Wrtten Testimony』と言う素晴らしいアルバムでシーンに帰還すると、デビュー当時と同様に同業者から絶賛の嵐が吹き荒れる事となる。P-DiddyやLupe Fiasco、Chance The Rapperに加えて元妻のErykah BaduまでもがSNSで称賛したJay Electronicaの帰還は、またもや商業主義に走るシーンへのカウンターの様なアルバムとなっていたのだ。それどころかSwizz Beatsが手掛けるサンプリングマナーに忠実なトラックに乗るJay-ZとJay-Eのフロウは水を得た魚の様で、改めてHIP HOPとは何たるかを思い出させてくれたではないか。(特にJay-Zの方が自分の作品の時より張り切っている様に聴こえるのが微笑ましい)
なにはともあれ、これでめでたくJay Electronicaもシーンに再エントリーかと思いきや『A Written Testimony』のリリースから間髪入れずに『ACT Ⅱ』までドロップしてしまうから恐れ入る。それもそのはず『ACT Ⅱ』の構想のアナウンスは2010年だ。これは誰もが御蔵入りかと思われた今作だが、アナウンスから2年後となる2012年に公開されたトラックリストと同じものがリリースされているので、新曲という訳ではなく当時の音源で間違いないだろう。それでも『ACT Ⅱ』から古臭さを感じ無いのは、商業主義とは一線を画す彼の作風が普遍的なものである何よりの証拠だ。もちろん今作は何処を切り取っても間違いないのだが、この素晴らしいトラックリストから敢えて1曲ハイライトを選ぶなら、個人的にはJAY-Zをフィーチャーした”Shiny Suit Theory”か?ホーン系のワンループ上で交わされるJAY-EとJAY-Zによるマイクリレーは中毒性が高めなので、リピートのし過ぎには要注意だ。
DJ YU-1

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