Kendrick Lamar / Mr. Morale & The Big Steppers

傑作との呼び声の高い前作『DAMN.』の発表はコロナ禍以前の2017年にまで遡る。つまりは、ファン達から常に新たなリリックを求められる稀代のMC = Kendrick Lamar は、前作『DAMN.』から今作の発表までに5年ものスパンを要したと言う事だ。更には今作が、自身が現在契約している〈Top Dawg Entertainment〉から発表される最後のアルバムになるという。この部分だけを切り取ってしまうと、まるで彼のキャリアに暗雲が立ち込めているかの様に思われるが、当然その答えはNoだ。いや、それどころか今作『Mr. Morale & The Big Steppers』を聴いて感動を覚えたくらいだった。だが覚悟をして欲しい。9曲入りのミニ・アルバムを2枚組に見立てた全18曲を噛み砕くには、それ相応のヒップホップIQが要求されるからだ。そう、今作『Mr. Morale & The Big Steppers』は娯楽作品として、ましてやイージーリスニング用のBGM等には到底向かないアルバムなのだが、むしろこれだけの重い作品を産み落とせるラッパーは Kendrick を含めてほんの数人しかいないであろう事も付け加えておく。

そんな今作が前作を凌ぐ傑作と成り得る伏線となったのは、何といっても先行配信されたシングル”The Heart Part.5″ で間違いないだろう。同曲のミュージックビデオでは、O.J.シンプソンから元Kanyeこと Ye、またはKobe Bryant に Nipsey Hussle と矢継ぎ早な七変化を魅せた Kendrick Lamar。そのリリックの内容もブラックカルチャーの体現者の目線での故人への追悼、更には有名人になったからこそ感じる憂鬱な感情までもを見事に曲に落とし込んでいる。このスキルには流石は Kendrick と脱帽させられたものだが、大方の予想通り “The Heart Part.5” はアルバムには収録されてはいない。だが、そんな事は些細な事だと聴き手に思わせる程『Mr. Morale & The Big Steppers』の本編でも彼のリリシストぶりは冴え渡っているのだ。例えば Boi-1 da がプロデュースしたシリアスなビートの上を泳ぐかの様なフロウで捲し立てた “N95”, またはWU-TANGの一軍エース格である Ghostface Killah との共演が新鮮だった “Purple Hearts” , 御大 Pharrell Williams が提供したトラックに言葉を詰め込んだアルバムタイトル曲 “Mr. Morale” 等、前作の発表から5年間に渡り待ち焦がれていた Kendrick Lamar の新たなリリック達はラップの巧さもさる事ながら、どの言葉も思慮深く刺ささってくる。いやBLM運動やコロナ禍を経て、それでも黒人達の代弁者として活動を続ける彼の言葉は更なる重みを増しているのではないか?

うん。。。
当然の話だが、筆者は黒人では無い。それを踏まえた上で今作を聴いた訳だが、日本に住む日本人から見える景色で、果たして彼のリリックの真意を何処まで汲み取れるのか自問自答までしてしまった。そして、その答えはそう簡単には出て来ないだろう。ただ、一つ言える事は彼のフロウが相変わらずズバ抜けて素晴らしい事と、ビートへのアプローチも天才的だったという事だ。それでいてリリシスト(作詞家)としても他の追随を許さないときた。一体Kendrick Lamar は、これから何処まで先へと行ってしまうのだろうか?先程は今作を聴いて感動したと述べたが、何周かリピートしているうちに戦慄まで覚えてしまった。

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